製薬業界の成長期待と医療費削減要求の狭間で – 21世紀のあるべき医療 -
大手コンサルティング会社であるPricewaterhouseCoopers社*の概算によると、平均寿命の延び、高齢化社会、肥満の増加、各国民の収入の増加、地球温暖化**などに伴い、2020年には世界の薬の総売上額が現在の5,200億ドルの2倍以上の1.3兆ドルに達すると予想されています。
製薬業界にとっては受け入れやすいこの成長予想は、翻って医療を受ける国民にとっては単純に考えると薬代が2倍以上になると言うことであり、素直には受け入れ難いものと思われます。もちろん医療には薬だけではなく種々の要素が複雑に絡み合っていますから、単純に薬代が2倍以上になるわけではないですが、製薬業界のこの様な右肩上がりの報告を読む度に疑問がわき上がって来ます。その釈明と言うわけではないのですが、同社のスポークスマンであるFarino氏は、より効果的な薬が開発され、より効果的に病気の予防・治療をすることができれば、たとえそれが高価であっても、実際に症状が悪化した後に施される治療に対する医療費よりも結果として低く抑えることが出来るであろうと述べています。これは、開発された薬が本当に有効であることが前提になります。彼の言葉を実現させるには、製薬企業が真に各個人に最適化され効果的な新薬を開発し、それを最適の投与法で各個人に投与し、一般市場に出回った後もその効果をしっかりとモニターしながら確認することが必要になります。次にその実現に向けての最近の動きを紹介したいと思います。
ポストゲノムのこの21世紀において、我々人類はそのための技術を確立しつつあります。遺伝子に対するゲノミクス(genomics)、RNAに対するトランスクリプトミクス(transcriptomics)、タンパクに対するプロテオミクス(proteomics)、代謝に対するメタボロミクス(metabolomics)などの分野を有機的に統合するのです。いわゆるシステム生物学(Systems Biology)がその統合方法を提供する最有力候補です。その統合技術を基に、各個人のゲノムの情報を出発点とし、各個人の遺伝子の発現度・活性度、体内での種々のタンパクの実際の働き、環境との相互作用などの生体反応に影響を及ぼしうる全ての情報を加味した上で、最適の治療法が施されるような医療、さらに進んでは病気になる前に未然に前病段階を察知し未然に病気を防ぐことが出来るようになるのが医療の理想の形ではないでしょうか。それは同時に、現在大手を振ってまかり通っている杜撰な統計処理に基づいた十把一絡げEBM医療(Evidence Based Medicine)を超越し、各個人に最適化された医療(Personalized Medicine)でもあります。今世紀半ばには、それは必ず実現すると信じています。
20世紀初頭からの物理学の世界における相対論と量子論の発展により、物理学を基盤とする科学、さらにはその科学知見の現実世界への応用としての技術が爆発的に発展し世界を大きく変えたように、21世紀に於いては生命科学が爆発的に発展し人類の健康に大きく貢献することを心から期待しています。人類の叡智を結集すれば決して夢物語では無いと思います。
[脚注]
*世界149ヶ国に14万人の従業員を持つ有数のコンサルティング会社
**地球温暖化により感染症が増加すると仮定