転回期の科学を読む辞典 – 池内了
深い思索と人類の知的活動に対する透徹した観察
深い思索と、過去から現代に至る人類の知的活動に対する透徹した観察に基づき、「科学」を縦糸に、「人間社会」を横糸にして、混迷を深める現代社会をやさしく読み解き、未来への展望を示した良書です。その文章の端々から「科学」とそれを実践する「人間」に対する著者の限りない愛情を感じる点も本書の価値を高めています。
著者は自ら本書を「辞典」と銘打っていますがが、この「辞典」と言う表現は少々誤解を招くのではと思われます。おそらく『転回期の科学を読み解く』とした方がより良く本書の内容を表しているでしょう。もちろん著者が「あとがき」でも告白しているように、免疫学でノーベル賞を受賞したメダワーの著書『アリストテレスから動物園までー生物学の哲学辞典』を手本としていることから、「辞典」と銘打った著者の思い入れは理解できます。
本書には、「そのとおり!」と思わず膝を打ちたくなる主張が多々ありますが、その中でも3つほど例をここに挙げさせてください。
- 科学研究において要素還元論的方法論がもたらしてきた絶大な効果と、その限界の指摘
- 日本では往々にして「科学技術」と言う表現により、「科学」と「技術」をひとくくりにして表現する(したがってそのように認識する)ことがまかり通っているが、科学とは「発見の知」であり、「創造の知」である技術とは、目的も論理も全く違うと言うことを明確にしておくことの重要性
- 自然の巧妙な造化を「驚き怪しむ(wonder)」心、それを「素晴らしい(wonderful)」と驚嘆することの重要性
そして私がもっとも深く同意したい点は、「科学とは、人間の持つ知への衝動から発するものなのであり、科学の価値とは、人間の文化をより厚くし、知的な冒険をはぐくむ精神的な熱意を支援し合うことにある。であればこそ、直接の物質的な利益を考えれば役に立たないかもしれないが、文化の側面においては欠くべからざるものと言える。そこに科学の価値を見出すべきなのだ」との著者の主張です。
著者は日本科学界の良心であり、本書は寺田寅彦や湯川秀樹の随筆集に匹敵する良書です。